神瀬住吉神社

神瀬住吉神社(県指定:建造物)(村指定:建造物)

 住吉神社は、もと川内川のほとりにありましたが、ある年の洪水で社殿が全部流出してしまいました。その後球磨川の高音の瀬(高宇土の瀬)に毎夜奇光を放っているものがあり、不思議に思って瀬から拾い上げて見ると、先年流出した住吉神社の御神体であったので、大いに喜んで直ちに現地に社殿を造営し奉祀されました。神瀬地域の名もこれから起こったといわれています。

布ヶ滝

布ヶ滝

 楮木川にかかる村内最大の滝といわれる「布ヶ滝」。緑の木々の間を縫って流れ落ち、ひんやりとした絶好の避暑地ともなっています。夏には、地域のそうめん流しが行われ大勢の客で賑わっています。

岩戸公園の長名水

岩戸公園の長命水

 地元の人に古くから親しまれ、”神様の水”と伝えられています。熊本県の名水百選にも選ばれています。

神瀬石灰洞窟

神瀬石灰洞窟(県指定:天然記念物)

 洞口幅45m、高さ17m、全長70m。天井には鍾乳石が垂れ、奥の暗闇の底には、径およそ25mの池があります。神瀬洞窟は古来より天下の奇勝として知られ、天明3年には、当時の二大旅行家橘南谿(たちばななんけい)と古川古松軒が前後して来られときのことを「西遊記巻三」に記してあります。

熊野座神社

 洞窟の中に鎮座する熊野座神社は、縁結びの神様として知られています。

大瀬阿蘇神社

大瀬阿蘇神社

 大瀬地区の球磨川沿いに鎮座する大瀬阿蘇神社は、

メガロドン

メガロドン  県指定天然記念物

 球磨川の槍倒しの瀬一帯で見られる大型二枚貝の化石群で、昭和53年(1768)に発見されました。約2億4千万年前のものと推定されており、南太平洋のサンゴ礁に囲まれた海に生息していたといわれています。

槍倒しの瀬

槍倒しの瀬

 参勤の人たちを乗せた舟がくぼんだ岩陰を下るとき、お供の人たちが立てていた槍を上の岩にあたらないように倒したことから、この名前がつけられたそうです。

 

大瀬鍾乳洞

大瀬鍾乳洞

 国道と槍倒しの瀬の中間で球泉洞下の斜面にあります。昭和44年の発掘調査により、獣の骨や石片、石器、貝類が出土し、石器の特徴から縄文早期のものと考えられ、大昔の人達が生活していた洞窟居住跡であります。

清正公岩

清正公岩

 JR肥薩線の球泉洞駅の下流側に岩山がそびえ立っています。清正公岩(せいしょうこういわ)と呼ばれています。加藤清正が相良氏を討つために軍勢を引き連れて球磨川をさかのぼってこの岩に登り、小手をかざして球磨川の上流を眺めますと険しい山ばかりが重なり人吉の方はどこか全くわからないとし、これではとても攻め上ることはできないとあきらめてここから引き返したと伝えられています。

権現の滝

 権現の滝は、球泉洞の下の大瀬鍾乳洞付近にあります。対岸から見ると槍倒しの瀬や、こうもり橋との景観が素晴らしい滝です。

御膳石

 瀬戸石ダムの川下にある御膳石と呼ばれている大きな岩があります。平家の落武者たちが山から下りてきて、御膳を洗った岩だそうです。また、夏の夜になると川風を求めて岩の上にこられた落武者が大変高貴な方であったので「御前石」とも呼ばれたとも伝えられています。

高音の瀬

高音の瀬

 瀬戸石ダムができるまでは、旧神瀬小学校の前付近は急流で、一番瀬、二番瀬、三番瀬と呼ばれた三つの瀬をまとめて「高音の瀬」と呼ばれていました。

神瀬番所(改所)

 江戸時代相良氏の番所があり、人や荷物を改めたとされています。

神照寺のイチョウ

 神照寺の正面にある球磨村最大のイチョウ。幹囲4.08mあり、秋には黄色い葉が眩しく光り、遠くからでもその存在と美しさを見せています。

神照寺

 曹洞宗のお寺で、かつて球磨川を往来する舟運の休憩所として賑わった場所です。参勤交代の時は、相良の殿様も本殿で休憩されたそうです。

浄光寺

 浄土真宗のお寺で、現在の本堂は、明治32年に寺院の台所にあたる「庫裡」とともに落成しました。

信証寺

 真宗のお寺で、本堂は明治22年に建立されました。付近を通称”南”というので”南の寺”と呼ばれています。

亀割石

亀割石

 林正盛は、人吉の商人で球磨川の開削に着手しました。開削は困難を極め、特に大瀬の「亀石」に手を焼きますが、夢枕に出てきたキツネの「亀石の上で大火を焚いて水をかけ、これを三度繰り返せ」というお告げを実践し、亀石割に成功したと言われています。

「まんが日本昔ばなし」でも1987年に放送されました。また、2004年発刊の「読みがたり 熊本のむかし話」でも紹介されています。